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■日本企業は『稼ぐ力』を取り戻せるか・・・コーポレートガバナンス・コード
 
       
2015年7月28日     3月期決算企業の株主総会が終わり、例年なら一息つく時期だが、コーポレートガバナンス・コードが適用された今年は、そういうわけにいかない企業が多いのではないだろうか。東京証券取引所は、適用から間もない時期であることを理由に、コーポレートガバナンス報告書の提出時期を、今年に限り、定時株主総会から6カ月の猶予期間を設けている。
 「コーポレートガバナンス」とは、株主の権利や取締役会の役割、役員報酬のあり方などについての情報開示や、経営内容の透明性を高めることにより、関係者(株主・顧客・従業員等)に対する責任を積極的に果たしていくための仕組みを意味する。また「コード」とは、規則の意味を持ち、上場企業が守るべき行動規範を網羅したものである。
 この「コーポレートガバナンス・コード」はすでに約70カ国に上る国々で策定されており、安倍政権の成長戦略のもと、日本企業の国際競争力を高める政策の一つとして打ち出された。果たしてコーポレートガバナンス・コードは、「内向き発想で、リスクをとらない消極的経営(安倍首相講演にて)」といわれている日本の経営者のマインドを変え、それによりガバナンスの最大の障害と指摘されている株式持ち合いを解消し、内部留保を投資にまわしてイノベーション(稼ぐ力)を生むことができるだろうか。

 導入の背景
 コーポレートガバナンスの議論では、エンロン事件などの企業不祥事をきっかけに米国で成立したSOX法(上場企業会計改革および投資家保護法)が引き合いに出されることが多い。しかし、コーポレートガバナンス・コードの先駆けは英国である。
 英国では1992年、上場企業が遵守すべき最初の行動規範(キャドバリー・レポート)が定められた。さらに1998年には現在のコード体系の前身となった「統合規範(The Combined Code)」が公開され、それが大きく変化したのはリーマン・ショック以降からである。
 一連の金融危機は、短期的な利益追求を目的とした金融機関の過剰なリスクテイクにより破綻する銀行が続出し、公的資金の注入という形で、納税者が多大な負担を強いられた。このような金融機関の行動は、取締役の報酬制度や経営監視体制等、コーポレートガバナンスの欠如が原因とされた。
 そこで銀行(企業)と投資家の双方に対して、新たな規律作りを求める声が次第に広がっていった。その具体策として、投資家に対してはそれまでの統合規範である「スチュワードシップ・コード」が、企業に対しては「コーポレートガバナンス・コード(2010.6月)」が新たにスタートした。このコードは、常に時代に即した進化を続けるために2年に一度、定期的な見直しが行われている。
 一方、今回の日本版「コーポレートガバナンス・コード」は、英国や米国の「守りのガバナンス」と少し意味合いが違う。コーポレートガバナンスを国家戦略(「日本復活戦略−未来への投資・生産性革命−」)と位置づけ、日本経済の成長を目的としている。これは「攻めのガバナンス」といえる。つまり、日本企業は従来の内輪主義の量的拡大を目指す経営から、多様性や開放性を高め質的成長を追求する経営への転換が求められているのである。

 わが国の資本主義観と株式会社観
 資本主義とは、一般的にー由経済とその下で働く競争原理、競争にもとづく市場原理、1塚を目的とする民間企業による経済の運営、およびせ簍財産制度の下で出資者による企業の私有、等を特徴とする経済制度である。もちろん、人間が作る制度であるからそれぞれの国の歴史や文化によってさまざまなタイプがある。
 一方、株式会社とは、株式平等原則のもとで株式という権利と引き替えに出資を受ける企業形態で、)/由福↓⊇仍饉圓陵限責任、3式の自由譲渡性、そ衢と業務執行の分離、およびコ主による所有を共通の特徴とする世界的な制度である。
 わが国では、しばしば「企業は誰のものか」という不毛な議論が起きるが、資本主義においては出資者が企業の所有者であり、会社に対する支配権(ガバナンス、コントロール)を有している。ここでの支配権とは、株主が第三者を選任し、経営を委ねることも含まれる。ここにコーポレートガバナンスの原点がある。
 会社法では、会社は利益をあげてそれを出資者に分配することを前提にしている。したがって、会社の目的は株主利益の追求である。しかし、株主価値を創造して行くためには、現代の厳しい競争環境の下では、経営者は絶えず新しい事業機会を開発し、その事業に投資を行い、利益を実現して行かなければならない。従来の事業にこだわっていては、次々と現れる競争相手に利益を奪われてしまうからである。したがって新しい事業を開発する必要があるが、新しい事業にはリスクがともなう。しかし、そのリスクを恐れていては利益の機会は巡ってこない。
 経営者は、自らの利益(地位の安泰と安定的な報酬)と株主の代理人として株主価値創造との間で板挟みになり、可能であるならば、敢えてリスクを取るような経営をしたがらない。明らかに株主と経営者とでは利害が反し、経営者に対する何らかの仕組みが必要になる。
 だが、わが国には株主利益に対する社会的認知がなく、また経営者に対する合理的な動機づけ(例えば業績連動報酬等)の仕組みもない。それが、リスクをとりたがらない経営者を生み出し、経営の劣化を招いている(従業員の年収増には慎重だが、役員報酬だけは高額化)。

 なぜ日本企業のガバナンスは遅れているのか
 日本的経営を支える長期安定取引、メインバンク制、経営者主導のコーポレートガバナンスなどの要素を束ね、グループ企業間、系列企業間の結束を高めているのが「株式の相互持合い」である。換言すれば、株式持合いによる安定株主づくりこそが、日本的経営を形成し、かつての経済成長を実現してきたといってよい。その反面で、市場の閉鎖性ないし競争の制限、株主総会の形骸化などの弊害も強く指摘されている。
 近年、企業の収益の悪化や不良債権の償却などから、持合い株の解消が進み、日経新聞では「最終段階に入ってきた(7月16日朝刊)」と分析している。しかし、企業保有の株式処分の多くは、投資保有分の取り崩しであり、その多くは株価上昇による益出しであって、政策的保有分の減少はさほど大きなものではない。株式持合いは、わが国特有の企業システムを支える主柱だけに、一時的に減少することはあってもそれほど簡単に崩れていくとは思われない。
 そもそも、わが国における株式の持合いは、企業買収に対する抑止策、あるいは取引基盤の安定強化といった企業戦略の中核として機能してきた。しかし、それが市場の合理性を超えて、例えば市場価格より割高でも友好企業から優先購入するなどの行動パターンが定着している背景には、株式持合いに伴う特殊なコーポレートガバナンスが成立しているからである。
 では株式持合いには、どのような問題があるのだろうか。
 その第一は、株式会社の本質に関わる問題である。例えば、A社の資本金1億円をB社が引受ける一方、B社の資本金1億円をA社が引き受ければ、両社の資本金は単に株式というペーパーを交換するだけで、無限大に膨張していくことも可能になる。つまり、持合による株式の空洞化は資本金の概念を歪め、資本充実の原則に反することになる。しかも、株式持合いによって、サイレント株主が多くを占め株主総会を形骸化させていること、株主への配当性向を低く抑えること、さらには経営者が株式を保有することなく経営権を掌握するという、いわばオーナー・マネジャーとして振舞うことを可能にするなどの派生的問題も生じている。これらは商法が規定している株式会社制度とは全く異質な形態である。
 第二は、株式市場の機能を歪めている点である。企業は時価発行増資を実行するためには、高株価の維持に迫られる。そして時価発行増資の際に需給バランスを崩さず、価格維持をはかるには、友好企業に長期継続的に株式を保持してもらい、相当程度の引受け(親引け)を要請せざるを得ない。つまり株式持合いによって、恣意的に高株価を維持することは、株価操作として違法であり、また企業経営の非効率化をチェックする機能が失われかねない。
 第三の問題点は、株式持合いが市場における健全な競争を制限している点である。前述したように、持合によって企業買収の危険から開放されるともに、経営者は株主の圧力を回避し経営権を掌握しうる状況の下では、非効率経営を牽制するメカニズムは働かない。しかもグループ・系列企業間での取引においては、長期的・安定的かつ閉鎖的な取引が維持されてきた。つまり、互いにサイレント株主であり、優先取引先としてもたれあっている。それはとりもなおさず「馴れ合い経営」を助長することになる。

 単位労働コスト削減の経営だけでは成長できない
 日本の製造業の競争力を計る手法の一つとして、単位労働コストがある。単位労働コストとは、一生産単位を製造するのに必要な労働コストを意味する。すなわち、単位労働コストが低ければ競争力が高く、高ければ低い。統計数値的に言えば、単位労働コストは労働コストを労働生産性により除して算出される(単位労働コスト=労働コスト/労働生産性)。
 日本の製造業は2002年から2011年までの約10年間に、3割の大幅な単位労働コストの引き下げを実現している。だが、6割もの円高進行により、この間の単位労働コストの引き下げは失われてしまったのである。
 そして近年、アベノミクスの金融政策によって、2002年(1ドル=125円)頃の相場近くまで円安が進行している。しかし、現在までの間に失われたものが多々あるため、問題はそれだけでは終わらない。円高を受けて行われた海外生産移転は容易には巻き戻せないし、大規模なリストラや研究開発費の絞り込みのツケは消えない。つまり、単位労働コストでの競争力は元に戻っても、それで過去と同様に輸出が増加する訳ではないのである。この10年間の間に失われた様々なものを復元するには長時間を要するし、そもそも労働人口減少の状況などが復元を許さない可能性は高い。
 だからこそ、従来の内輪主義で量的拡大を目指すことから、多様性や開放性を高め質的成長(稼ぐ力)を追求することに日本企業は転換しなければならない。それには、機関投資が企業経営を誘導するスチュワードシップ・コードによる改革と、企業自体が独立社外取締役を入れるなどで経営力強化を目指すコーポレートガバナンス・コードを一体化し、"守りのガバナンス"から"攻めのガバナンス"に転換することが必要とされているのである。
 なによりも現在の日本においては、日本の経営者に企業家精神を発揮してもらい、リスクにチャレンジしてもらうことが不可欠である。だが、経営者の個人的資質に依存するようなやり方は不安定である。それよりも経営者が自発的にリスクにチャレンジせざるを得ないような状況を仕組み(社外取締役で構成される指名委員会、報酬委員会、監査委員会など)として作ることのほうが望ましい(但し、経団連等が社外取締役を義務化する委員会設置会社に猛反発)。それが、コーポレート・ガバナンスの世界的な潮流である。
   


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