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■成果主義での目標とは

       
2003年11月4日  

 企業が成果主義を成功させられない原因の大部分は、目標の考え方と設定方法にある。

 成果主義を取り入れて企業の成果が上がるものとするために、評価制度の重要性はよく言われるところである。が、「何故評価制度が重要なのか」となると、評価基準を明確にする、結果のフィードバックを行うなど、評価の公正性・納得性といった評価の範囲を出ていない。評価の問題は指摘するが、果たしてそれだけか。何故成果主義が出現してきたのかから掘り起こさないと、評価の真の重要性は見えてこない。
 ただ単に年功主義や能力主義に代わるものであれば…という発想だったのか。組織活性化、個の尊重、悪平等の廃止を掲げる成果主義が輝いて見えただけだったのか。
 企業はどこも経営革新を謳い、新生企業となるべく必死に取組んでいる。成果主義はその方法として採用され、期待されている。
 一方、経営革新を実現させるには、将来どのような会社にしたいのかという革新の内容を、経営者が顧客に向かって、また社内の従業員に対して高らかに打ち出さなくてはならない。「革新」の意味は、“因習的な古い体制をやめて、新しいものに変えること”とある。
経営革新は四字熟語ではない。それだけでは意味をなさない。新しいものとは、またそれをどのように変えるのか、の内容を示さねばならない。経営理念やビジョンの提示である。3年後、5年後の企業の姿である。経営理念やビジョンを達成するための戦略を3年後、5年後の企業の姿を見据えながら立てなければならない。当然、目標も3年後、5年後の企業の姿から今期の目標として設定されねばならない。
 そのための、つまりそうやって立てられた戦略を、目標を遂行していくための組織は変わったのか、という問題。戦略を展開していく組織構造や運営のルール、評価や処遇の制度が、新しい視点からの運営や制度づくりになっているのかというと、どの企業も歯切れが悪く、それが成果主義を中途半端なものにしている。
 従来、目標設定の方法としては、過去から現在を眺めるやり方であった。予算の積上げ方式はよい例であり、成果主義を言い続けている企業も、目標設定一つとっても長年慣れ親しんだ仕掛けや仕組みからは一歩も踏み出してはいない。
 過去からの延長線上での目標設定ではなく、将来から引っ張ってきた目標を立てるという、捉え方。経営革新を言うときは、この発想がいかに重要か、成果主義で悩んでおられる、あるいはおられた企業の方は、大きく頷かれるにちがいない。
 目標を立てる際の、視点が違うのである。3年後、5年後の企業の姿が頭に描かれていて、そこに到達するために今期の目標を立てるのであって、去年はこの位であったから、今年は少し上乗せしてこの位という、従来の目標設定の方法はとらない。これができずでは経営革新は、あまりに言い古された諺であるが“絵に描いた餅”である。
 ここまでくれば評価制度の半分はできたも当然。成果主義も成功する道筋に入ったことになる。評価制度はこの目標がどれ位達成されたかを見る尺度だからである。

 近々、戦略を遂行し成果をはかる、目標設定から評価に至るまでの内容を盛った講演記録「成果主義と評価システム」(仮題)を発行予定。コラム等、当HPのコーナーを注視されたし。
 
 養老さんいうところの『バカの壁』とは、“自分の中”の壁。
 自分がわかるもの以外からは目をふさいでいるということ。これは、特別な現象でもない。日常的によく目にすること。我々多くの人間は自分でバカの壁を築いて、知りたくないことには耳を貸そうとしないだけ。
 人が考え方、行動を変えるということの難しさはよく言われることであるが、自分の中に作った壁が大きく塞いでいるのは、気がついても直すのは容易ではない。
本来、生物は常に変化している。しかし、人間の脳だけは「私は私」と自分を不変の情報システムだと思い込んでいる。自分は変わらないと思っている。
「万物は流転する」と 2500年前のギルシャの哲学者は言っているが、人間は寝ている間も含めて、成長なり老化し続けている。昨日寝る前の自分と起きた後の自分は別人であり、去年と今年の自分も勿論。しかし、朝起きるたびに生まれ変わったという、実感は湧くはずもなく、これは脳の働きによるものだとのこと。
 日本でも昔の人はこのへんのところ、人間は変化しているのだということを知悉しており、「平家物語」の書き出し“祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり”、「方丈記」“ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず”など、中世の代表的な名作は冒頭からこういう世界観を書き出している。 「鐘の音は物理的に考えれば、いつも同じように響く。しかし、聴くその時々で違って聞こえてくるのは何故か。人間がひたすら変わっているからであり、聞く方の気分が違えば、鐘の音が違って聞こえる」「川は川としてはいつも、どれも同じだけれど、川を構成している水は見るたびに変っているではないか。“世の中にある、人と栖(すみか)と、またかくのごとし”である」
現代では人の名前を変えなくなったが、昔は幼名から元服して、名前を頻繁に変えていった。人間自体が変るのものだという前提に立っていれば、名前は本人の成長に伴って変って当たり前。五歳の時の自分と二十歳の自分は違うのだから、名前が変っても不思議はない。
自分は変らないという誤った大前提、そしてそのことに無自覚であるということが「壁」を作ってしまったおおきな問題点であるようだ。
  (養老猛氏『バカの壁』から一部引用させてもらいました)

       
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